負の感情は、気付きの宝庫
だいぶ前から書こうと思っていたネタです。適当に書いてるので、適当に読んで下さい。
嫉妬心。
僕は、子どもの頃からずっと、周囲の人に嫉妬して、自分の思い通りに行動ができなかった。
以前は、その嫉妬心に気付かないフリをして、自分の好奇心やチャレンジ精神を自分で抑圧していたんだけど、最近はもう、嫉妬したときは「ああ、自分はこれが本当に欲しいんだな。」と気付けるようになりました。
自分が欲しがっているいることに気付いてそれを素直に認めれば、どうやったらそれが手に入るのかを考えたり人にアドバイスを求めたりして、少しずつ行動に移していけばいい。
嫉妬心を抑圧していたときよりも、欲しいものを欲しいと宣言して、そのために前に進むことができるようになってきました。
嫉妬心には、自分が本当に欲しいものが隠れています。
怒り。
僕は最近、他人に対して怒りを感じることがほとんどなくなってしまったけど、怒りの中でも気付けることがあります。
(自分が怒らなくても、自分の周囲の人が何に怒っているのかを考えるといろいろな気付きがあります。)
人間はあんまり頭がよくないので、自分と他人をごっちゃにしてしまいます。自分に許されていないことが他人には許されている時、その人を許せなくなってしまって怒りの感情がわいてしまいます。
たとえば、時間を守らないことに対して怒る人がいたら、その人自身も時間を厳守している可能性が高いです。
たとえば、無邪気に遊んでいる子どもに対して怒る人がいたら、その人自身も子どもの頃、無邪気に遊ぶことを許されなかったのかも知れません。
自分が怒りを感じた時に、そういう視点で客観的に見ると、自分で自分を縛っているものが見えることがあります。周囲の人が怒っているときも、その人自身の縛りや、絶対に譲れない信念みたいなのを発見することができたりもします。
怒りには、怒っている人が自分自身に対して許していないものが隠れています。
苛立ち。
人に対してイライラするのも、怒りと同様に、自分と他人をごっちゃにしていることが多いと思います。
イライラするときというのは、原因は99%自分にあると思います。イライラという感情は、たぶんいらないものだと思うので、なんで自分がイライラするのかを自問自答して、自分の中にある問題を解決できたらいいですね。
恐怖心。
もし、ある人に嫌われるのが恐くて話し掛けられないのなら、たぶん、その人に好かれたくてしょうがないんですね。怖がっているだけでは前に進めないので、嫌われたくない自分を認めて、好かれたい自分に気付いて、どうしたらいいか考えて行動するのがいいと思います。
もし、リスクを取ってチャレンジすることに恐怖するなら、失敗を恐れる自分を認めて、成功したがっている自分に気付きましょう。ああ、自分はそんなに成功したいんだな、自分にとって大切なチャレンジなんだな、と。
失うのが恐くてたまらないなら、それはとても大切なものなんでしょう。震えていているだけでは失ってしまうかもしれないから、それを失いたくない自分に気付いて、客観的に冷静に判断して行動できたら、大切なものを失わなくてすむかもしれません。
死ぬのが恐いと感じるなら、ああ、自分は生きたがっているんだな、と気付く事が出来ます。生きたがっていることに気付いたら、どのように生きたいかを考えて建設的に行動できたらいいですね。
恐怖している自分に気付いて、その裏にある手に入れたい物や大切にしたいものに気付くと、前に進めそうな気がします。
嫉妬、怒り、苛立ち、恐れ、様々な負の感情は、実は、気付きの宝庫です。自分を知るためのヒントに溢れています。
もちろんポジティブな感情は生きる原動力になるので重要なんだけど、負の感情からいろいろ気付いて、それをコントロールできるようになると、いい方向に行けるようになると思います。
僕は少し、それができるようになってきました。
とてもそう思う。
人に激しい負の感情を抱くとき、それは大体自分の感情に起因してる。
私の場合は、劣等感・優越感で説明できる「嫌い」がすごく多いです。
実際「生理的に受け付けない」っていう人は本当に少ない。
そういう場合、「嫌い」なのは自分のせいで、相手は何も悪くないこともしばしばで、事実申し訳ないので、その感情をひたかくしにしようとするのだけど、なかなか人間そううまくはいかない。
まあ、仕方ないか。
にんげんだもの(あいだみつお氏)
そこから学ぼうとするのが妥協点として関の山かな笑
コメント by けろり — 2009/10/14 水曜日 @ 14:28:28
けろりんが嫌う人ってどんな人なんだろう、と興味がありますね。
なんとなく身近に思い当たる節もあるけど(笑)
コメント by mokos — 2009/10/14 水曜日 @ 19:57:22
はっはっは。
そういうコメント好きですよ、面白い。
まあネットはオープンスペースだから、そこは想像にお任せします。
しかし、それに関しても、全く上の論理が当てはまることを感じずにおれない。
つまり相手は悪くない。
嫌悪感の種は自分の中にあるのですね。
そしてそのことが、自分にこれからすべきこと直すべきところの示唆を与えてくれるのですね、詰まるところ。
コメント by けろり — 2009/10/15 木曜日 @ 13:11:24
イライラする人や嫌いな人が身近にいるならば、それは大きく成長するチャンスです。
けろり、また成長してしまうん?
コメント by mokos — 2009/10/15 木曜日 @ 21:50:10