他人のふりみて我がふり直せ
と、昔の偉い人は言いました。
最近、この言葉の意味がよく分かるようになった気がします。
自分のことって、自分が一番分かっているように見えて、実は灯台下暗しで、全然分かってなかったりします。(ことわざを使いこなす俺は、なんという教養人)
他人の欠点とか、うまくいっていない原因は結構よく見えるのですが、それを自分に当てはめたときに、「あ、そういうことだったのか!」と分かったことが何度もあります。経験上、他人に対して苛立つときや、怒りを感じるときは、自分にも何かあることが多いです。
今日もちょっと他人のふりを見て、「それは違うんじゃねーの」と思わされることがありました。でも相手はいい大人なので俺から言ってもたぶん意味無いし(むしろ逆効果)、言うとこっちにもリスクがあるので何も言わずに帰ってきました。空気を読んだともいう。
んで、他人のことはいいんですよ。少なくとも俺は、他人のことをとやかく言えるような人間ではない。大事なのは、他人のふりをみて、それをいかに自分のこととして捉えて、Kaizen していけるか。
理想は、自分が Kaizen していくことで、周りの人が気づいて一緒に Kaizen していけること。そしてお互いに Kaizen し合える最強の Kaizen 集団を形成すること。社会でも会社でも友達同士でもそういう風になりたいと思う。
僕はまだまだ Kaizen しなければいけないことだらけで、周りの人に気づかされてばかりですが、Hansei と Kaizen を繰り返し、Seityou して、周囲にも良い影響を与えられるような、そんな Ningen に、私はなりたい。
P.S.
一人称が僕とか俺とか私とか、適当すぎるな。まくらくんも似たようなこと書いてたような。
でも、それぞれにニュアンスがあるから、これでもいいかなあと思ってたりもします。どうなんだろう。
「自分」を強く意識するときは「俺」、謙虚なときは「僕」みたいなw