ぼくが君に、贈りたいもの
僕は色々なものが欲しくて、でも、手に入らなかったものがいっぱいあった。
そんな想いを解消するためには、自分と同じような境遇の子に、僕が欲しかったものをあげるのがいいのかな、とか思っていました。
でも、僕が欲しかったものと、その子達が欲しいものは違うかもしれない。
じゃあ、その子が欲しがっているものを聞いてあげて、それをあげればいいのか、とも考えました。
でも、一時的な関係の中で、一時的に欲しいものをあげたとしても、それがその子の将来のためになるか分からない。どちらかというと、スポイルしてしまって悪影響を与えかねない。
じゃあ、その子が自分の手で自分の欲しいものを手に入れられるように、それを手に入れるための方法・手段を教えてあげるといいかもしれない。
でも、欲しいものによって、手に入れる方法・手段はそれぞれ異なると思う。
どうすればいいんだろうか。
今の僕が出している結論は、こうです。
その子が欲しいものを自分自身の力で手に入れるために、何をやればいいのかを自分で考えて実行する力をつけてあげたいと思う。
「偉そうなこと言っておいて、お前(mokos)はどうなんだよ!」 とか突っ込まれそうですね。
「人に教えるのは、お前自身がもっと成長してからやれよ!!!」 とか。
自分でも思わないではないです。
確かに、自分もできていないことがたくさんあって、人に構っている場合じゃないかもしれません。(例えば、今部屋がすごく散らかってます。人の引越しとか手伝ってる場合じゃなかったw)
それに、僕が最近気付いて重要だと思っていることは、大したことない気付きだったりするかもしれません。
だけど、断言できる。僕が今知っていること、分かっていることを、子供の頃から普通に知っていたなら、間違いなく、僕の人生は1000%向上した。(0の数は書き間違えてません)
昔の自分にとってものすごく価値があったものを出し惜しみしていられるほど、人生長くないです。
今できることは、自分が思っている以上にたくさんあって、それをやるかやらないか、それだけだと思います。
「ウホッ!いいおにく!」
「やらないか」
P.S.
記事とは関係ない私信です。
2つ目の羨ましがられるポイントは、「強烈なバイアスをかけることができる」ことかなあと思いました。バイアスかけるの大好きでしょや?
バイアスの結果、(ある意味強引な)説得力が生まれる、と考えるとしっくり来ますね。
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コメント (6)
それは、「何らかの要素」であるというよりも、「何者かであること」だと思います。
こんな言い方じゃ、分からないでしょや?
※でしょや=小樽語
コメント by よんとお — 2009/6/8 月曜日 @ 13:11:43
「何者かであること」については、コンプレックスしか思い当たりませんね。
分かんねーべや。
コメント by mokos — 2009/6/8 月曜日 @ 22:55:47
教えることもあれば教えられることもありだしね
コメント by nanndana — 2009/6/9 火曜日 @ 4:08:38
そうですね。
与えたものよりも、ぼくが得たものの方が大きくて、申し訳ない感じもしてます。
精進しよ!
コメント by mokos — 2009/6/9 火曜日 @ 21:12:49
うんうん☆
教えることもあれば、教えられることもある!
その通りだと私も共感☆
子どもたちと一緒に成長していきたいね!
おっと、そういう発言をすると、また隠し子がいるんでしょといわれそうですが・・・・まだいません笑☆
コメント by ぽこ — 2009/11/14 土曜日 @ 2:24:12
>ぽこ
隠し子はいないけど普通にお子さんがいるんだよね?(笑)
コメント by えーりん — 2009/11/14 土曜日 @ 2:29:40