2009/7/8 水曜日

いいおにく!

ここ1年あたりの、総決算を書こう。

ちょうど1年くらい前に「原因と結果の法則」という本を読んで衝撃を受けた。
「今のあなたの現状は、あなたが望んだことの結果です。」
圧倒的な説得力だった。

思考が実現すること。
思考という原因があって、結果が存在するらしい。
ポジティブな思考は、明るい思考は明るい未来を切り開く。ネガティブな思考は、どんどん未来を暗くしていく。

そうか、なるほど。
確かに、たぶん、そうなんだろうな。
俺が絶望していたのは、俺の思考がダメだったからだ。
俺が不幸だったのは、不幸だと思いたがったからだ。
思考が実現することは分かった。俺の思考がダメだったことも分かった。
そうかそうか、じゃあこれからは、ポジティブに、未来に希望を持って思考すればいいんだな。。

ってちょっと待てよ!!!!!!!!!!!!!

「はい、今日からあなたもポジティブに考えれば、明るい未来が待ってますよ!」と言われて、急にできるわけがない。

どうしてもポジティブなイメージが持てないから、いろいろ考えた。

なんで、俺の思考はダメだったんだろう。
いつから、ネガティブな思考、思考回路になったんだろう。
なんで、あんなにも、無気力で、挑戦することを怖がって、人間関係を作ることを怖がって、未来に希望が持てなかったのか。
その思考を作ったのは、やっぱり、過去の環境、過去の出来事だったんじゃないか?
思考が、結果の原因になるというけれど、その思考に至るまでの、原因の遠因があるんじゃないのか?

いろいろ、思い出した。

やりたかったことはいつもできなくて、欲しかったものはいつも手に入らなくて、失いたくないものを何度も失って、周囲の人に嫉妬して嫉妬して嫉妬して、大きなコンプレックスを抱えて、逃げるように、俺は目をつむった。
何も望まない、欲しがらない、未来には、希望なんて抱かない。だって、もう、傷つくのはたくさんだ。

やっぱり、過去の経験から俺は学んで、そしてそれが俺の思考を形作った。
「ほら、またダメだったでしょ?」

大学院を辞めて働きはじめて、「原因と結果の法則」を読んでしばらくしてからブログに「Re:大学院を辞めたこと」を書いた。
俺は、幸せになるために、過去を整理して、今までの自分を捨てて、前を向いて生きるんだ。

ここから、何かが変わった。
俺の、新しい人生が始まった。

俺の行動を支配していたのは、俺の思考だった。
俺のネガティブな思考を形作っていたものは、たぶん、過去の嫌な経験だった。

ここがスタートだ。ここから、小さな成功を、積んでいこう。
少しずつ、前に進もう。

気持ちよくすごせるように、QOLを向上させよう。
ご飯をつくって、掃除をして、好きな音楽を聴いて、本を読んで、健康のために運動もしよう。友達と遊んで、話して、ご飯を一緒に食べよう。
高まるQOLからあふれ出すパワーを使って、勉強して知識を増やそう、スキルを高めよう、仕事をしよう、誰かの役に立とう、役に立つ人間になろう、もっともっと、力をつけよう。

失敗も、積み重ねよう。
失敗の数は挑戦の数だ。
積もった失敗は、そのうちきっと、財産になる。

嫉妬は、あこがれに変えていこう。
他人の、友人の、いいところを見習おう。
無意味なプライドは捨てて、くだらない考え方も捨てて、素直に人の言うことを聞いて、真似をしよう。

悲しみは優しさに、人を思いやる気持ちに変えよう。
自分が欲しかったものは、誰かにあげよう。かけてほしかった言葉を、かけてあげよう。

後悔は、反省に変えて、改善していこう。
物事がうまくいかない理由を、他人に押し付けるのはやめよう。
自分がどうしたらよかったか、自分がこれから何ができるのかを考えよう。

自分の力ではどうしようもなかったことは、ただ、受け入れよう。
飲み込んでは吐き出して、飲み込んでは吐き出しながら、少しずつ、受け入れていこう。

気付いたことを、考えたことを、思ったことを、そのままブログに書こう。
不完全でも、書きたいことが100%書けてなくても、とりあえず書いて公開して、誰かに読んでもらおう。フィードバックをもらおう。
少しずつ少しずつ、過去を振り返って、何があって、自分がどんな気持ちだったかを理解して、今、自分が何をしたらいいか考えて、少しずつ、行動していく。

これからもいろいろ気付いたり、考えたり、行動したり、話したり書いたりしながら、少しずつ、前に進んでいこう。

今日は昨日よりも、いい日にしよう。

明日はもっと、今日よりもっと、前に、進めますように。


なんで、そんなところで、独りでうずくまってるの?

「だって、周りが真っ暗で、何も見えないんだ。」

それは、あなたが、目を閉じているからだよ。
目を開けてみなよ。

「まぶしっ!やっぱり、何にも見えないじゃないか。」

いきなり開けるとまぶしいから、少しずつ開けなよ。

・・・見えるようになった?
ほら、あっちの方はもっと明るくて、暖かそうだよ。一緒に行かない?

「別に、行きたくないもん・・・」

本当に?
じゃあ、ずっと、その場所にいるんだ?

・・・

「・・・ホントは行きたいけど、だって、歩けないもん。足が、動かないんだ。」

ホントに足が動かないの?
じゃあ、歩かなくていいから、右足を前に出してみて。

そうそう、動くじゃないか。
次は、左足を、右足より前に出してみなよ。

「・・・こう?」

そう、それが、歩くということだよ。
あなたは、歩き方を知らなかっただけなんだね。

「歩き方は分かったけど、転ぶのが怖いんだ。もう、痛いのは嫌だ。」

転ぶのはみんな一緒だよ。

転んだらすぐに、自分の足で立ち上がればいいんだよ。
すりむいて血が出たら、自分で手当てをすればいいんだよ。

「なんか歩けるようになってきたよ!だんだん明るくなって、なんだかぽかぽかしてきた。」

そうだよね、
あなたは、陽のあたる方へ、進んでいるんだから。

「あっ、あれ、あそこにおにくがあるよっ!ほら見て、おにく!いいおにく!」

いいおにく!(完)

P.S.

書きたいことの20%くらいしか書けなかった気がする。
意外とあっさりした文章になった。
まあこれでいいや。

さらに追記

でもやっぱりよく書けてるな。
書ききれてない部分はまたいつか書けばいいし、できなかった分を見るんじゃなくて、できた分を見て自分を褒めていこう。
もっと、自信を持っていい。

2009/3/21 土曜日

カテゴリーわけめんどい

Filed under: 書く — えーりん @ 2:42:38

3月はあんまりブログを書いてなかったんですが、仕事が一段落したので、またたくさんブログを書いていきたいですね。

記事を書くときに、カテゴリーってのを設定するんですが、ブログをたくさん書く前は、「この記事、なんのカテゴリーに入れようかなー」って迷ったりしてました。

でも、ぼくは気づきました。
カテゴリー分けなんて全然どうでもいいことだし、ぼくの思考はカテゴリーに縛られるものなんかではないし、たくさんたくさん書いた後に、「そういえば、このテーマについてたくさん書いてるなー」ってのを後からカテゴライズしていけばいいということに。
ぼくはカテゴリーをキレイに分けたいわけじゃなくて、ブログを書きたいのだから。

ぼくは色々考え始めたのは本当につい最近なので、今は、あんまし思考をカテゴライズしないで、自由に色々と適当に書いていきたいと思っています。

2009/2/23 月曜日

薬(毒)

Filed under: 書く — えーりん @ 22:11:49

渾身の自意識過剰エントリ。

もし地球上に自分一人しか人間がいなくなってしまったら、ぼくはきっと寂しさに耐えられなくて、生きることをやめると思う。ぼくが幸せに生きるためには、他人のことを考えないといけない。

同じように、もし「いいおにく!」を誰も読んでくれなくてコメントとかなかったら、ぼくはきっと書く気をなくして、ブログを閉鎖してしまう。ぼくが書きたいことを書いていくためには、読んでくれるみなさんの存在が不可欠で、読み手のことも意識しなければいけない。(kiririmodeさんの理系学生日記を発見してからは、それなりに読み手を意識するようにはなりました。)

ところが、ぼくはたまに(?)読み手を無視して喜怒哀楽をストレートに表現した文章なんかを書き出すもんだから、読んでくれる人も様々な感情を抱くかもしれないなあ、と思い始めました。

たとえばぼくが「宝くじで1億万円当たりました!!!」とブログで自慢しまくると、ある人は「よかったね。今度プール付きの別荘おごってね!」と一緒に幸せな気分になれるかもしれないし、ある人にとっては「なんでアイツだけ。。。俺なんて1兆ジンバブエドルしか当たらなかったのに。。。」とか思って悲しくなるかもしれない。

たとえばぼくが「タンスの角に小指をぶつけてツメが割れてそしてその割れたツメが小指の肉にささったッッッ!!!」とか書くと、ある人は黒い腹を抱えて笑い転げるかもしれないし、ある人はとても痛いシーンを想像してしまって、一緒に痛いキモチになってしまうかもしれない。

感情を表現して書くということは、その感情が大きければ大きいほど読み手に影響を与えて、時には悪影響を与えたり、心のバランスを崩してしまったりするかもしれない。それは決してぼくの望むところではないのだけど。(ちなみに、ぼくが今まで触れたもので一番バランスを崩したのは「フルーツバスケット」というマンガですね。いろんな意味で。)

毒にも薬にもならない、日々の楽しかったことや嬉しかったことを書き綴るのもいいと思うけれど、自分の薬になるような、そして誰かの薬になるようなことを書きたいと思うから、たまにそれが毒となってしまう場合も仕方ないのかなあ、とか思ったけどどうなんでしょう。

自己弁護だけしてても成長がないので、もう少しオブラートに包んだわけの分からない村上春樹のような文章を書けたらなあ、とも思うので、ちょっと村上春樹を読み漁ろうと思います。

薬にもなって、その半分は優しさで出来ている、バファリンのようになりたい。

P.S.

ブログ書いてたら1時間くらい経ってしまった!!しかも最初書こうとしたことと違うこと書いてる気がする。

昨日さぼった洗濯して掃除しないと。

2008/12/23 火曜日

言葉が出てこなくてもどかしい

Filed under: 日記,書く — えーりん @ 15:07:12

「よく頑張ったね」「よくやった」とか、労い(ねぎらい)の言葉がありますが、年上とか目上の人をねぎらうときは、どうやって言ったらいいんでしょうね。

「よく頑張ったと思います」とか言うと、上から目線の偉そうな感じがしてしまう。というか「ねぎらう」という行為自体が上から目線ってのはあるかもしれない。でもとってもねぎらいたいし、その言葉をかけるととても喜んでもらえそうな気がするんですよね。

いっそのこと、「スゲー!!!!!!!!!!!!!」とかの方がいいかもしれないですね。こういうときに「スゴい」「ヤバい」とかいう意味がよく分からない言葉は重宝します。 自分をバカっぽく見せて相手を上に立てる意味で、謙譲語といえるかもしれない。
「スゴイですねー」を訳すと、「自分はそれを表現する適切な言葉を知らないけれど、とにかく肯定的な意見を表明します」になると思う。「分からなくても肯定を表明できる」という意味ではスゴイ言葉だと思います。 ただ、そこで思考停止して「スゴイ、スゴイ」と同じ言葉を連呼していたら、自分の伝える力が成長しなくて、伝えたいことを伝えられるようにならないし、「どすこい、どすこい」と間違えられて相撲部屋からスカウトされかねない。

適切な言葉で、目上の人を心からねぎらうための、なんかいい言葉ないのか!!!!

もっとたくさんの本を読んで、うつくしい日本語を自由自在にあやつるようになって、たくさんの考えや気持ちを、誰かに伝えていきたいです。

というかぼくはメールしようとしてただけなのに、いつの間にかブログを書いていてメールは途中だし、3日前に洗濯したものが干されずにそのまま置いてある(ある意味干されている)。これだからぼくは仕事ができないんですね、わかります。

P.S.

やっぱり目上をねぎらうのは日本語ではむずかしいみたいです。これの回答書いてる人スゴイ!
Yahoo!知恵袋 上司をねぎらう言葉

ところで、麻生首相は漢字が読めない。麻生さんは民主主義によって日本を代表しているから、日本人はだいたい漢字が読めないということになる。そういった未曾有(みぞう)の事態を憂慮(ゆうりょ)したので、最近は読み仮名を振ってます。

というか、むつかしい言葉をつかわないで、できるだけ平仮名使っていきたい。ぼくはひらがなのやわらかさが好きだし、理系学生日記の kiririmode さんがひらがな多くて「僕」を「ぼく」と書いているので、地味にマネしてます。

2008/11/5 水曜日

下書きでいいから

Filed under: 日記,書く — えーりん @ 22:55:57

僕はブログを書くとき、まずガーっと書いて、とりあえず完成度80%くらいの下書きの状態で公開しています。このブログはmixiの日記の代わりにもなってるんだけど、記事を公開してから mixi に更新情報が載るまでには30分とか1時間くらいのタイムラグがあるので、その間に完成させようとするので効率があがります。

下書きにかかる時間は大体15分とか30分くらいだけど、公開した後に読み返しておかしな所とか Kaizen(改善) していると、いつの間にか1時間くらいたってしまったりすることも実は結構あります。

仕事とか、多分なんでもそうだけど、80%まではガーっと一気にできても、100%に近づけることは、とても難しくて時間がかかるものだと思います(戸愚呂(弟)も80%から100%になるには結構時間がかかってたよね)。だからこそ、大体できてしまったら、もう公開してしまえばいいと思います。

「100%になってから公開するよ。一週間後か一ヵ月後。。。」じゃなくて、「80%だけど、とりあえず今すぐ公開!あとで直すかも」くらいの気持ちでやった方が、結果的にアウトプットは多くなっていいんじゃないでしょうか。

下書きで公開する手法は、天才漫画家、冨樫先生から見習いました。先生は、ジャンプに下書きのままの原稿を載せ、コミックスではそれなりに仕上げてくれます。そんな冨樫が、僕は大好きです。

どれだけ頑張っても、「これで完成」、「もうやれることはない」、「もう成長できない」っていう状態にはならないはず。
じゃあ、今の自分でいいから、今自分ができる分だけでいいから、出し惜しみすることなくやっていきたいなあ。

P.S.

読み返したけど、相変わらず話の展開に飛躍があって分かりにくいような気がする。自分でそう思うんだから、他の人が読んだら尚更そうだろうな。
最後に無理やりまとめようとするから分かりにくいのかも。
淀みなく流れるような文章が書けるようになりたいです。

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