2009/7/18 土曜日

幸せに生きる方法

Filed under: おにく,しあわせ,よっちゃん,日記,自分向け — えーりん @ 2:14:33

今までいろいろブログに書いてきたけど、基本的に、「自分がいかに恵まれていなかったか」ばかり書いてきました。
しかし、書かなかっただけで、実は僕はかなりいろいろと恵まれてきたこともたくさんあったのでした。
まあそういうのを書き出すと自慢になってしまって、嫉妬したりする人もいるかもしれませんが、不幸自慢し続けるよりは自分の精神衛生上いいので、これからは自分の恵まれている部分、幸せなことにもっと目を向けていこうと思います。
(そういう内容を読んで嫉妬したりしてしまう人は読まない方がいいかも)

あんまし他人と比較してどうこうっていう内容でもないけど、色々書いてみる。
たぶん僕の人生と似た人生を歩んだ人はいないと思うので、他人から見るとなにがなんだかよく分からないと思います。自分でもよく分からないし。

僕は小学校6年のときに児童養護施設に入ることになりましたが、これは本当に幸運でした。
僕の家庭は母子家庭で、母親が働ける状態ではなかったので、おそらく生活保護を受けて生活していたんだと思います。食べるのには困らなかったけど、生活に必要なもの以外についてお金を使うことはかなり制限されていたので、家にいてもクソつまらんかった。
施設(寮)に入ってからは、楽しい毎日が待っていました。
寮では広いグラウンドがあって、毎日いろいろ走り回ったりして遊びまくりました。バスケットゴールとかもあったので三井寿に憧れてシュート練習をしまくったり、県内の施設対抗のソフトボール大会や卓球大会のために練習を頑張ったりして、退屈で仕方なかった家の生活と比べて、かなり楽しかった。
家にいるよりもムチャクチャ楽しかったというのもあるし、経済的にもかなり楽できました。
家にそのままいたら、経済的に、高校に行くのも危うい感じだったかもしれません。僕は中3で進路を決めるときに高専の存在を知って、高専というのは5年間行く高校みたいなものらしい、高校卒業までは施設にいれるらしい、「じゃあ高専行っても卒業するまでいてもいいの?」と施設の先生に聞いたら特例で許してもらえたので、高専卒業する20歳まで施設にいることができました。
中高生の思春期、進路を決める大事な時期を寮で過ごせて幸運だったなーと思います。

僕が誰に対しても自慢できることとしては、よっちゃんとの出会いがあります。
高専5年のときに、施設の僕が住んでた棟(さくらの家)が火事で焼けてしまいました。よっちゃんはもともと児童養護施設に寄付とかをしていたらしく、さくらの家の再建のために、ポンっと、にせんまんえんを寄付してくれました。その節はほんとうにありがとうございました。
そして、なんかしらないけど僕のことを小耳に挟んだみたいです。
「なになに、火事で焼けた家に住んでた子が、焼ける家の中から幼児さんを助けだしたんだって?え、その子は、火事のあとに受けた試験で京大に受かってるの?是非会ってみたい!!!」という経緯らしいです。そんな聖人君子みたいなリッパな子がいると聞いたら、僕だって会ってみたいなーって思いますけど、これはどうやら僕のことみたいですね。
よっちゃんと初めてお会いしたとき、「なんか話が誇張されてますよ。僕はそんな立派な人間じゃないんですよ。」とか本気で弁明しても、よっちゃん的には(この子は、リッパなだけでは飽き足らず、なんと謙虚なことか。。。)という感じでもうどうしようもなかったです。先入観って怖いですね。最近はもう、僕が大学院を辞めたあたりから、段々ダメさがバレてきてるけど。
僕の父親は絵に描いたような駄目人間だったみたいだし、僕の生きる自信を大量に奪っていきましたけど、かわりによっちゃんが大きな自信をくれました。僕はとても幸運で、強運ですね。よっちゃん曰く「君のお父さんが、私と君とを会わせてくれたんだよ。」ということらしいですけど、本当にそういうものかもしれないですね。
ご縁に感謝します。

家→施設、火事→よっちゃんとの出会い、という風に、僕は嫌なことが起きたら常に、結果的にはかなりいい感じの出来事が起きてきたと思います。自分の意思とは関係ないところで、いろんなことが起きましたね。

僕の母親は精神的にかなり参っていたけど、父親と、父方の祖母がかなり悪い人間だったってのがあるみたいです。祖母は本当にとんでもない人間だったみたいで、僕の家族をムチャクチャにした元凶として僕はかなり恨んでたけど、去年亡くなってしまいました。祖母はとてもがめつくて、たんまり財産を持っていたらしく、僕は法律上相続の権利があって、遺産の一部をいただきました。
子どものころの純粋な僕だったら、「そんな金いるか!!!」と突っぱねたと思いますけど、お金は大事だし、ありがたくいただきました。僕の大嫌いなおばあちゃん、僕のためにお金をガメててくれてありがとう;;
性悪祖母→家庭崩壊→遺産、です。強運ですね。もし父親が生きていたら、僕が相続する権利もなかったので、父親が死んでたこともまあ結果オーライです。

その他にも恵まれていることはたくさんあります。
よっちゃんに言われたこととしては、「君は恵まれてるよ。五体満足だし、頭がいい。」と言われたけど、たしかに五体満足だし、父親からもらった才能(?)もある程度あるんだと思います。

毎日おいしいご飯を食べて、仕事もあるし、必要とされている感じもするし、学びたいこともやりたいことも欲しいものもたくさんあるし、僕は今までもたくさん恵まれてきていて、今も十分恵まれていて幸せなんだと思います。その幸せに気付かないと、オレはダメだなーって感じになって、自分で自分自身を不幸にしてしまってよくないです。ちゃんと、いいことは認識して、喜んで、明日へのエネルギーに変えていきたいよね。

そういえば、今日もたけおか君とうなぎ特上(2300円)を食べて、おいしくてとても幸せでした。一緒にご飯を食べる友人がいるというのも幸せですね。

いつか、僕が誰かを愛して、その人に愛されて、ここが僕の居場所なんだ、と思えたら最高に幸せなんだろうなーと思うけど、それだけがすべてじゃないし、今、目の前にある、小さな仕合せを感じながら、毎日過ごしていこう。
それがきっと、幸せになるためのたった一つの方法なんだ、と今は思ってます。

2009/7/8 水曜日

いいおにく!

ここ1年あたりの、総決算を書こう。

ちょうど1年くらい前に「原因と結果の法則」という本を読んで衝撃を受けた。
「今のあなたの現状は、あなたが望んだことの結果です。」
圧倒的な説得力だった。

思考が実現すること。
思考という原因があって、結果が存在するらしい。
ポジティブな思考は、明るい思考は明るい未来を切り開く。ネガティブな思考は、どんどん未来を暗くしていく。

そうか、なるほど。
確かに、たぶん、そうなんだろうな。
俺が絶望していたのは、俺の思考がダメだったからだ。
俺が不幸だったのは、不幸だと思いたがったからだ。
思考が実現することは分かった。俺の思考がダメだったことも分かった。
そうかそうか、じゃあこれからは、ポジティブに、未来に希望を持って思考すればいいんだな。。

ってちょっと待てよ!!!!!!!!!!!!!

「はい、今日からあなたもポジティブに考えれば、明るい未来が待ってますよ!」と言われて、急にできるわけがない。

どうしてもポジティブなイメージが持てないから、いろいろ考えた。

なんで、俺の思考はダメだったんだろう。
いつから、ネガティブな思考、思考回路になったんだろう。
なんで、あんなにも、無気力で、挑戦することを怖がって、人間関係を作ることを怖がって、未来に希望が持てなかったのか。
その思考を作ったのは、やっぱり、過去の環境、過去の出来事だったんじゃないか?
思考が、結果の原因になるというけれど、その思考に至るまでの、原因の遠因があるんじゃないのか?

いろいろ、思い出した。

やりたかったことはいつもできなくて、欲しかったものはいつも手に入らなくて、失いたくないものを何度も失って、周囲の人に嫉妬して嫉妬して嫉妬して、大きなコンプレックスを抱えて、逃げるように、俺は目をつむった。
何も望まない、欲しがらない、未来には、希望なんて抱かない。だって、もう、傷つくのはたくさんだ。

やっぱり、過去の経験から俺は学んで、そしてそれが俺の思考を形作った。
「ほら、またダメだったでしょ?」

大学院を辞めて働きはじめて、「原因と結果の法則」を読んでしばらくしてからブログに「Re:大学院を辞めたこと」を書いた。
俺は、幸せになるために、過去を整理して、今までの自分を捨てて、前を向いて生きるんだ。

ここから、何かが変わった。
俺の、新しい人生が始まった。

俺の行動を支配していたのは、俺の思考だった。
俺のネガティブな思考を形作っていたものは、たぶん、過去の嫌な経験だった。

ここがスタートだ。ここから、小さな成功を、積んでいこう。
少しずつ、前に進もう。

気持ちよくすごせるように、QOLを向上させよう。
ご飯をつくって、掃除をして、好きな音楽を聴いて、本を読んで、健康のために運動もしよう。友達と遊んで、話して、ご飯を一緒に食べよう。
高まるQOLからあふれ出すパワーを使って、勉強して知識を増やそう、スキルを高めよう、仕事をしよう、誰かの役に立とう、役に立つ人間になろう、もっともっと、力をつけよう。

失敗も、積み重ねよう。
失敗の数は挑戦の数だ。
積もった失敗は、そのうちきっと、財産になる。

嫉妬は、あこがれに変えていこう。
他人の、友人の、いいところを見習おう。
無意味なプライドは捨てて、くだらない考え方も捨てて、素直に人の言うことを聞いて、真似をしよう。

悲しみは優しさに、人を思いやる気持ちに変えよう。
自分が欲しかったものは、誰かにあげよう。かけてほしかった言葉を、かけてあげよう。

後悔は、反省に変えて、改善していこう。
物事がうまくいかない理由を、他人に押し付けるのはやめよう。
自分がどうしたらよかったか、自分がこれから何ができるのかを考えよう。

自分の力ではどうしようもなかったことは、ただ、受け入れよう。
飲み込んでは吐き出して、飲み込んでは吐き出しながら、少しずつ、受け入れていこう。

気付いたことを、考えたことを、思ったことを、そのままブログに書こう。
不完全でも、書きたいことが100%書けてなくても、とりあえず書いて公開して、誰かに読んでもらおう。フィードバックをもらおう。
少しずつ少しずつ、過去を振り返って、何があって、自分がどんな気持ちだったかを理解して、今、自分が何をしたらいいか考えて、少しずつ、行動していく。

これからもいろいろ気付いたり、考えたり、行動したり、話したり書いたりしながら、少しずつ、前に進んでいこう。

今日は昨日よりも、いい日にしよう。

明日はもっと、今日よりもっと、前に、進めますように。


なんで、そんなところで、独りでうずくまってるの?

「だって、周りが真っ暗で、何も見えないんだ。」

それは、あなたが、目を閉じているからだよ。
目を開けてみなよ。

「まぶしっ!やっぱり、何にも見えないじゃないか。」

いきなり開けるとまぶしいから、少しずつ開けなよ。

・・・見えるようになった?
ほら、あっちの方はもっと明るくて、暖かそうだよ。一緒に行かない?

「別に、行きたくないもん・・・」

本当に?
じゃあ、ずっと、その場所にいるんだ?

・・・

「・・・ホントは行きたいけど、だって、歩けないもん。足が、動かないんだ。」

ホントに足が動かないの?
じゃあ、歩かなくていいから、右足を前に出してみて。

そうそう、動くじゃないか。
次は、左足を、右足より前に出してみなよ。

「・・・こう?」

そう、それが、歩くということだよ。
あなたは、歩き方を知らなかっただけなんだね。

「歩き方は分かったけど、転ぶのが怖いんだ。もう、痛いのは嫌だ。」

転ぶのはみんな一緒だよ。

転んだらすぐに、自分の足で立ち上がればいいんだよ。
すりむいて血が出たら、自分で手当てをすればいいんだよ。

「なんか歩けるようになってきたよ!だんだん明るくなって、なんだかぽかぽかしてきた。」

そうだよね、
あなたは、陽のあたる方へ、進んでいるんだから。

「あっ、あれ、あそこにおにくがあるよっ!ほら見て、おにく!いいおにく!」

いいおにく!(完)

P.S.

書きたいことの20%くらいしか書けなかった気がする。
意外とあっさりした文章になった。
まあこれでいいや。

さらに追記

でもやっぱりよく書けてるな。
書ききれてない部分はまたいつか書けばいいし、できなかった分を見るんじゃなくて、できた分を見て自分を褒めていこう。
もっと、自信を持っていい。

2009/3/30 月曜日

屍をのりこえた!!!

Filed under: おにく,自分向け — えーりん @ 1:45:02

脱した!

ずっと抜け出せなかったものから脱した感があります。

今日は神戸へ行って、父の納骨をしてきました。

諸事情で墓をずっと作ってなかったのですが、去年の夏に父方のおばあちゃんも亡くなったので一緒にお墓を作ったのでした。

父の死を知ってから、実に4年半、長い時間がかかったけれど、ぼくはやっと色々消化して、受け入れることができたんだと思います。

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2009/2/17 火曜日

夢の続き

Filed under: おにく,,自分向け — えーりん @ 23:14:34

後で消すかも。

昨日の朝見た夢の続きを(希望ならまだしも)キボンヌされてしまったので、一応書こうと思います。本当はたぶん書きたかったし誰かに読んでほしいんですが、あんまり読まない方がいいかも。

まず悪夢っぽい夢を見たのでした。地震が起きて逃げ、津波が起きて逃げ・・・っていう。

その後見た夢は一瞬で終わりました。見ていたときは確かに幸せだったけど、あっという間に悲しくなった。

昔ぼくが大好きだった人と、結婚する夢です。夢の内容はこれで終わり。

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2009/1/18 日曜日

めんどくない

Filed under: おにく,自分向け — えーりん @ 10:31:16

自分向けです。重い話が嫌いな人は読まない方が小吉。

ぼくは今年度の4月から就職したのですが、就職が決まったのは3月末だったので、住むところが決まる前に働き始めたのでした。

そして休みに部屋探しに赤羽に来て、会社の先輩と不動産屋を3件くらいまわって、今住んでる部屋を見つけました。この部屋はそれなりに安くて駅が近くて綺麗でそれなりの広さという物件で、見つけた時はとても嬉しくなりました。

が、不動産屋を回っている途中で嫌な出来事もありました。

ぼくは親・兄弟で保証人になれる人はいませんが、伯父やよっちゃんがなってくれるそうで、安心していました。しかしある不動産屋では、「うちは親・兄弟しか保証人に認めていません。」と言われました。
ぼくはそれを言われた瞬間にあきらめたのですが、一緒に来てくれた会社の先輩が食い下がって「でも伯父さんや経済力のあるよっちゃんが保証人になれるんですよ、なんとかなりませんか。」「いや、うちは親・兄弟以外認めないので」というやりとりをしばらく繰り返して続けていました。
ぼくは当事者なのになぜか傍観していて、店の人に何度も同じことを言われて、「ああ、そういえば、ぼくの家族はムチャクチャだったなぁ・・・」と思い出して、もう部屋探しとかどうでもいいやと思って店を飛び出して、声をあげて泣いてしまいました。

「普通」の人は、親・兄弟に保証人になってもらうところでつまづかない。でもぼくは「普通」ではないですから、みんながつまづかないところでたくさんつまづく。自分にはどうしようもないところで。

色々思い出しました。
子供のころから、周りの友達がやっているようなことを「やりたい!」と言ってもぼくは「普通」ではない環境だったから、たくさんあきらめさせられてきた。
自分にはどうしようもない原因で、周囲の人と同じことをやらせてもらうことができない、それはぼくはとても傷つきました。
ぼくは適応力のある人間ですから、適応しました。やる気のない人間に、向上心のない人間になりました。口癖は「めんどい」「別にやりたくないし」「別に欲しくないし」。何も欲しいと思わなければ、やりたいと思わなければ、ぼくが傷つくことはなかったから。

でも今、とてもたくさんのことを学びたいと思っているし、色々やりたいことがたくさんありすぎるし、生活を向上させて、仕事で成果を出して、そしてぼくは自分が幸せになりたいし、自分以外の人の力にもなりたいと思っている。(そういえば、「めんどい」とか言わなくなりました)

今やる気がある分、昔の自分や環境を責めてしまったりすることがあって、しばしば調子を崩します。
ぼくが前を向いて生きるためには、過去の環境や自分を許さないといけない。
たしかに、”今思えば”自分次第で環境はいくらでも変えることができたし、もっと積極的に向上心溢れて生きる方法はあった。でも”その時”できなかったんだから仕方がない。”今思えば”できるというのは自分が成長しているということ。もう同じ失敗はしないし、誰かがつまづきそうだったら助けてあげることができる。

今やるべきことは、過去を責めることじゃない。
過去を受け入れて、許して、前を向いて今を生きる。

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