2009/10/7 水曜日

リスクを取ってチャレンジする

カテゴリー: 日記 — えーりん @ 23:24:37

この前けろろんさんが、「人と会話するということは、リスクを取って踏み込むことなんですよ。」というようなことを言ってました。
表面的な人間関係ならば、適当な天気の会話でもしてればいいだろうけど、お互いに気付きや苦言やアドバイスを与えたりすることができる関係になるためには、ある程度のリスクを取って、もしかしたら傷つけるかもしれないけど嫌われるかもしれないけど、言いたいことを言う必要がある、ということだと思います。

今日社長にも「ある程度リスクを取ってチャレンジしないと、成功はないよ。」と言われました。
誰にでもできることは、誰にでもうまくできる。リスクがあるからこそ、そこにビジネスチャンスがあって、そういうのをやっていったらいいよ、というアドバイスでした。

僕は将来家族が欲しいと思うし、結婚したいし、彼女とかいたら楽しそうだし、できたらいいなと思ってるけど、そのためにはいろいろな失敗とかを恐れながらもチャレンジして、あきらめないことが肝心なんだと思います。

もちろん事前に防げる失敗というのもいっぱいあるけど、それを恐れてばかりでは、結局一歩も前に進めずに、自分のしたいことができなかったり、ほしい物が手に入らなかったりしてしまうかもしれません。
成功するためには、ある程度のリスクを取ることが求められて、それを”チャレンジ”というのだと思います。

チャレンジしなければリスクは無い、と思っていたのが過去の自分ですが、それは違った。
チャレンジしなかったら、何も手に入らない。ただ、有限の残された時間だけがどんどん減っていく。
どうせリスクを取るんだったら、前へ進める方へリスクを取ろう。
どうせ失敗もするけど、それを生かすことができたら、それは失敗にはならない。
致命的な失敗だけしないように気を付けながら、どんどんチャレンジして、前に進んでいきたいです。

P.S.

考えがまとまる前に書いてるからうまく書けてないけど、書きたいことは伝わるかな。
誤解されるリスクや、文章がヘタクソだと思われるリスクよりも、ブログで文章を書いて読んでもらうリターンの方が断然上回ってるからいいんです。

せやな! – Say yeah now!

カテゴリー: 日記 — えーりん @ 23:04:38

「せやな!」は「そうやな。」の関西弁版です。

僕はコテコテの関西人ではないので「せやな!」とは言いませんが、よんとおと話してると言われまくるし、僕は「そうやな。」と言いまくってしまいます。

「人と話すのって楽しいな。」
「せやな。」
「自分の頭だけで考えてても気付かないことも、人と話してると気付く事があるよね。」
「せやな。」
「やりたいことを人に話すと、行動に移せたりもするよね。」
「せやな。」
「お前、せやな、ばっかりやなw」
「せやな。本当にそうやと思うし。」
「そうやな。」
「せやな。」

こんな感じの会話になります。

気付いたこと・自分の考えを話して、ただ同意をもらう。
それに意味がないと思う人がいるかもしれないけれど、僕にとっては重要なことです。

でも、いつも納得しあって同意しあってばっかりでもつまらないので、たまには「え?お前そういうこと言うの?」みたいなイノベーティブな考えを言ってみたいし、聞いてみたくもあります。

負の感情は、気付きの宝庫

カテゴリー: 日記 — えーりん @ 21:43:48

だいぶ前から書こうと思っていたネタです。適当に書いてるので、適当に読んで下さい。

嫉妬心。

僕は、子どもの頃からずっと、周囲の人に嫉妬して、自分の思い通りに行動ができなかった。
以前は、その嫉妬心に気付かないフリをして、自分の好奇心やチャレンジ精神を自分で抑圧していたんだけど、最近はもう、嫉妬したときは「ああ、自分はこれが本当に欲しいんだな。」と気付けるようになりました。
自分が欲しがっているいることに気付いてそれを素直に認めれば、どうやったらそれが手に入るのかを考えたり人にアドバイスを求めたりして、少しずつ行動に移していけばいい。
嫉妬心を抑圧していたときよりも、欲しいものを欲しいと宣言して、そのために前に進むことができるようになってきました。

嫉妬心には、自分が本当に欲しいものが隠れています。

怒り。

僕は最近、他人に対して怒りを感じることがほとんどなくなってしまったけど、怒りの中でも気付けることがあります。
(自分が怒らなくても、自分の周囲の人が何に怒っているのかを考えるといろいろな気付きがあります。)
人間はあんまり頭がよくないので、自分と他人をごっちゃにしてしまいます。自分に許されていないことが他人には許されている時、その人を許せなくなってしまって怒りの感情がわいてしまいます。
たとえば、時間を守らないことに対して怒る人がいたら、その人自身も時間を厳守している可能性が高いです。
たとえば、無邪気に遊んでいる子どもに対して怒る人がいたら、その人自身も子どもの頃、無邪気に遊ぶことを許されなかったのかも知れません。
自分が怒りを感じた時に、そういう視点で客観的に見ると、自分で自分を縛っているものが見えることがあります。周囲の人が怒っているときも、その人自身の縛りや、絶対に譲れない信念みたいなのを発見することができたりもします。

怒りには、怒っている人が自分自身に対して許していないものが隠れています。

苛立ち。

人に対してイライラするのも、怒りと同様に、自分と他人をごっちゃにしていることが多いと思います。
イライラするときというのは、原因は99%自分にあると思います。イライラという感情は、たぶんいらないものだと思うので、なんで自分がイライラするのかを自問自答して、自分の中にある問題を解決できたらいいですね。

恐怖心。

もし、ある人に嫌われるのが恐くて話し掛けられないのなら、たぶん、その人に好かれたくてしょうがないんですね。怖がっているだけでは前に進めないので、嫌われたくない自分を認めて、好かれたい自分に気付いて、どうしたらいいか考えて行動するのがいいと思います。
もし、リスクを取ってチャレンジすることに恐怖するなら、失敗を恐れる自分を認めて、成功したがっている自分に気付きましょう。ああ、自分はそんなに成功したいんだな、自分にとって大切なチャレンジなんだな、と。
失うのが恐くてたまらないなら、それはとても大切なものなんでしょう。震えていているだけでは失ってしまうかもしれないから、それを失いたくない自分に気付いて、客観的に冷静に判断して行動できたら、大切なものを失わなくてすむかもしれません。
死ぬのが恐いと感じるなら、ああ、自分は生きたがっているんだな、と気付く事が出来ます。生きたがっていることに気付いたら、どのように生きたいかを考えて建設的に行動できたらいいですね。

恐怖している自分に気付いて、その裏にある手に入れたい物や大切にしたいものに気付くと、前に進めそうな気がします。

嫉妬、怒り、苛立ち、恐れ、様々な負の感情は、実は、気付きの宝庫です。自分を知るためのヒントに溢れています。

もちろんポジティブな感情は生きる原動力になるので重要なんだけど、負の感情からいろいろ気付いて、それをコントロールできるようになると、いい方向に行けるようになると思います。

僕は少し、それができるようになってきました。

先週の土日

カテゴリー: 日記 — えーりん @ 21:04:13

「お前最近ブログ更新してないけど、書くことないの?」と言われました。
正直な所、書きたいことが多すぎるけど、最近は、書く前に人に話して満たされてしまうので、書くモチベーションが少しさがっています。
しかし二人の友人から「せっかくやし!」とか言われたりして、ちゃんとブログを読んでくれてる人がいるみたいなので、書きたいことは一個ずつ書いていこうと思います。せっかく、読んでくれとるんやし![1]

ここ最近、毎週毎週大塚のよんとおまんとるの家で遊んでいて、先週末も遊んできました。

土曜日は、七輪で秋刀魚を焼きました。

いろいろな人が来て総勢15人くらいになったりして、誰が誰やら分からん感じだったけど、ベンチャーやってる人とかScalaというプログラミング言語で仕事している人とか、翌日に台湾へのフライトを控えた人とか個性的な人がたくさんいて、刺激的で楽しかったです。
秋刀魚を焼いた後は、夜中までカタンをしたりよんとお・けろろんと朝まで話をしたりしました。
この朝まで話し込むっていうのが、ブログを書かなくても満たされてしまう要因ですね。

翌朝は、前日に残ったサンマと、おひたし、味噌汁、ご飯、納豆、満願寺とうがらしという豪勢な朝食をけろろんが作ってくれて、みんなで食べました。
(炊飯器が壊れていたにもかかわらず、鍋でご飯を炊いてくれたのは、よんとおさんでした。)

「俺、こんな充実した日曜日の朝は何年ぶりやろ。」って言ったら、「mokos、それ先週も言ってたw」とか言われたけど、本当にいいサンデーモーニングでした。毎週毎週クオリティが上がってる気がする。

最近ようやく、僕は、自分の好きな時間の過ごし方が分かってきた。
友人達と遊ぶこと、友人の友人と友人になること、みんなで話をすること、一緒にご飯を食べること。

そんな日が、ずっと続けばいいですね。

P.S.

日曜の午後は、まんとるとNさんに、僕の新しいファッショナブル(笑)なメガネを買うのにつきあってもらいました! 自分ひとりではオシャレなめがね屋とかいけなかったよ、ありがと。
そして研究室の同期が赤羽に遊びに来てたけど僕はなぜか赤羽にいなかったので、大塚に呼び出してカタンしました。遠いとこからありがと、また遊ぶよ!


  1. もうひとつの原因として、けろろんさんがマイミクさんになったことがあります。いいとこ見せようと思うと書けなくなりますw []

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