2009/11/8 日曜日

早起きするのも仕事のうち

カテゴリー: 日記 — えーりん @ 23:44:36

僕はプログラマーとかシステムエンジニアとかそういう職種のつもりだったのですが、2、3ヶ月前に仕事内容が一変して、かなり投資運用的なお仕事をしています。

今までは出社時間に間に合うギリギリくらいに起きていたのですが、これからは朝早くおきて、海外のニュースなどを確認して、新聞を読んで、余裕を持って出社したい。(そういえば最近ようやく日経新聞をとりはじめました。)

朝早起きすることも仕事のうちです。
というわけで、夜は23時ごろに寝て、朝は6時起きしようと思います。

ブログを書くと夜更かしする可能性が高いので、あんまり書かないようになるかもしれません。
弁証法的な解決策(すべてがうまくいく方法)としては、たとえば朝ブログを書くとかもいいね。
ブログは僕のライフワークになっているし、ブログのおかげで改善できたこともたくさんあるし、読んでくれてコメントくれる人もいるので、できれば続けたいんだよね。

だって

カテゴリー: 日記 — えーりん @ 2:55:41

文章を書いたり人に話をしたりすると分かりますが、言葉の癖というものがあります。
特に、ブログなどに書いた文章は、後になって客観的に読み返すことができるので、自分の言葉の癖、つまり思考の癖を発見しやすいです。

たとえば僕は、ブログで、「○○でなければならない」「○○しなければいけない」とよく書いていることに気がついた。
そのことに気付いて意識的に修正してきたので、最近は「□□がほしい。△△になりたい。そのためには○○する必要があるから、○○したいんだ。」と書くようになったし、思考もそういう風になってきました。
「健康的で気持ちよく生活したいから、掃除したいんだ!」とか。掃除しなければいけなかったんじゃくて、俺は掃除したかったんだな。じゃあしよかって思える。

もう一個(もぃっこす)、ブログを読み返したり自分の言動を省みて、直さなければならない直したい自分の癖があります。
それは、自己弁護をよくすることです。

僕は、自分の経験や色々な人を観察してきたことから、『人の思考や行動の大部分は、経験によって作られている』と強く信じています。
その考え方のいいところは、何かうまくいかないときに、過去の原因をさぐって解決する方法を考えることができることです。この方法でないと解決できないこともあります。
しかしその考え方の悪いところは、なんでも何かのせいにこじつけることができてしまうところです。極端な話、僕が朝なかなか起きられない事だって、何か過去の経験のせいにできてしまうかもしれない。

僕は欠点を指摘されたときに、「だって、今までこういうことがあって・・・ゴニョゴニョ」という風に、自己弁護して正当化しようとしてしまうことが多い。
ちゃんと原因を分析して改善につなげることができるならいいと思うけど、ただその場で自分を守るためだけに自己弁護してしまうことも多いので、気をつけようと思います。
だから、意識的に「だって」という言葉を使わないようにしよう。改善のための自己分析はどんどんするけど、ただの自己弁護はしない!

P.S.
なんか無駄に長文になった。
だっt・・・

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