天然物と人工物
土曜日、大学の寮の先輩のGさんの話をいろいろ聞きました。
Gさんはとても大人だし、毎日を楽しんでいるし、変なことを言ったりやったりして面白いし、人当たりもよく誰からも好かれて、頭も良くて能力もある。
誰もがうらやむような人で、僕は大学時代にその人にあこがれるとともに、強い嫉妬心を抱いていた記憶があります。
僕は寮にいた当時、「Gさんはすごく恵まれた環境(家庭)で育ったんじゃないか」と思っていたんだけど、どうやらやっぱりそうだったみたい。
物心ついたときから健全な考え方が身に付いていたらしい。
いい両親に育てられたんだろうなあ。
ただ、Gさんは、何かうまくいっていない他人を見ても、その人の悪い考え方とかを変えようという気は起こらないそうです。
そもそも自分の考え方をいいとも思ってないし、何かうまくいってない人の考え方を悪いとも思ったりしないらしい。
その人にはその人の考え方、習慣、生き方があるから、それを尊重しようというオトナのスタンス。
考え方や言動を大きく変えて、自分の望みをかなえられた僕からすると、絶対的に”いい考え方”はあると思うし、逆に”悪い考え方”もあると思う。
だから、自分からみて他の人が悪い思考をしていたら、それを修正しようと働きかける。僕は自分で自分の考え方をいいふうに変えてきたという自信があるから、傲慢かもしれないけれど他人もいいふうに変えたいと思うし、変える自信がある。(もちろん自分だけでは自分を変えられなかったし、だからこそ、自分も誰かの手助けができればいいな、と思う)
そういう意味では、最初からいい考え方が身に付いている人にはないものを、自分は持っているのかもなあ、と思ったりしました。
たぶん、自分を変えることができる人にしか、他人を変えることなんてできない気がします。